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2015.05.26.Tue | -
木霊に応える声
JUGEMテーマ:自作小説

「ほら、タリー。うさぎのラウリがしょんぼりしてるぞ。何でだと思う?」

 おじさんが大好きだった。母と12歳ちがいの弟だから、私にとってはお兄さんという感じだ。面倒くさがらずに気難しい幼児の相手をしてくれる。



                    



「しょんぼり?」
「ほら、うつむいているだろ。何があったんだろうね?」
「……カトリがヤンネといるから」
 ふくれていた私が興味をひかれて、ついぬいぐるみの方を見る。
「ああ、そうか。ヤキモチだね。ラウルはカトリのことが好きなのか。カトリの方はどうなのかな」
「カトリもラウルが好きなんだけど、イジワルしちゃうの」
「あっはは、そうか。好きなのにイジワルしちゃうんだね」

 子供扱いすることもなく私にまっすぐ話してくれる。絵を描くのが上手で、いくつも賞を取っていた。やがてスカラシップをもらって、イオの美術院に行ってしまった。長い休みにペルセフォネーへ帰ってくると、必ず大きなドーム窓がついたバブルボードでドライブする。
「タリー、おいで。”僧院”に行こう」
 私は必ずお供をする。本当を言うと私は”僧院”に行くのがこわかった。
 でもおじさんをひとりで行かせる方がもっと怖かったのだ。……帰ってこなくなりそうで。

 ”僧院”というのはペルセフォネにある数少ない名所のひとつだった。
 名所といっても訪れる人は少ない。丘のてっぺんの石柱が何本も何本もそびえている不思議な場所だ。最初はネイティブ(原住民)の遺跡だと騒がれた。ネイティブなどいないと証明されてからは、どうやってこの石柱群ができたのか証明しようと、学者達がやっきになった。この星には岩を浸食するような水も風もないからだ。結局うやむやのまま、ペルセフォネーの七不思議のひとつになった。

 おじさんは毎日、何時間も石柱群をスケッチしていた。私はその横で本を読みながら、こっそりおじさんを見張っていた。おじさんがさらわれないように。
           

 美術院に行って3年目に叔父は大きな絵をひとつ仕上げた。それは大きな賞をいくつも取って、そのまま連郡の惑星保護局に新しくできたビジター・ホールの壁を飾ることになった。

 私がイオに行って、その絵を直に見ることができたのは、もう大人になってからだった。それは高さ3m、横幅が30mもある大作で、まるでホールの壁画のようだった。

 タイトルは『木霊』。”僧院”を描いたものだった。
 でも今の風景ではない。人が来る前、改造される前、むりやり大気が作られて空がピンクに濁る前の、満天の星が降る丘にたたずむ僧院だった。

 私はその絵がたたえる静ひつな美しさに胸をうたれて。思わず涙がこぼれた。


 叔父が賞を取った年、私の両親は着陸コンテナの事故で亡くなった。
 私はシンクタンクのドクター・コースにいて、研究員宿舎でくらしていた。その私の部屋に叔父から小包が届いた。やさしい色合いの水彩とパステルの絵だった。ピンクの空の下、僧院が色とりどりの植物や動物に囲まれている童話のような場面。
 これはペルセフォネーの未来だろうか。

 私が描いたお礼の手紙は叔父に届かなかった。彼は姿を消したのだ。ふつりと。
 美術院の寮の部屋からは何ひとつ持ち出されていなかった。何らかの事件に巻き込まれたのではないかと捜索も行われた。でも誰も叔父を見つけられなかった。連邦が”僧院”の絵を買い上げた高額な代金は、すべて私に残されていた。そうして私は天涯孤独になってしまった。

 ペルセフォネーの過去と未来。叔父はどちらの夢を見たのだろう。

 私は本当は、叔父がペルセフォネーに帰って来ている気がしてならない。”僧院”の丘に。



2010.04.06.Tue 03:54 | リレー小説
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2015.05.26.Tue | -

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